第二章 思惑
時価20億円を生かしたのは担保力だけ、目先の一番楽な現状維持に落ち
着きます。しかし、この安全策が実は一番「危険」な落とし穴だったのです。
平成3年も押し迫った頃、家の取り壊しが済み工事が始まりました。 融資の
8千
万円の中には工事期間中の生活費やもろもろが含まれていたら
しく、私の店の
ツケをKさん
は気前よく全額払ってくれました。
なんか、本人も、これを機に生活態度を改めよう・・・というようなムードで
したね。
ツケもしなくなり、散髪にもこまめにゆき、髭もきちんとあた
るようになりました。
鼻の下
と顎にかっこいい胡麻塩髭を蓄えていましたから。
それでも、私には懸念がずーっと続いていました。
商売をしていると、理屈では説明できない”感”というか”空気”というか、
お客様の
飲み方の変化を肌で感じるのです。
じわり、じわり、と忍び足でにじりよってくる”不景気”のにおいを。
私がKさんにしたのは「たら」「れば」話だった、というのは第一章に書きま
したが、
その話の大前提となる20億円は「たら」「れば」ではないの
です。その時に決断
さえ
すれば、いやいやそんな大それたものではなく「売った!」と
一声言えば、
チリ紙交換の古新聞
のように20億円が ドォォォ−ン と間違いなく積まれたの
です。
一方、Kさんが決断した行動は、すごい安全策で石橋を叩いて渡るように見え
ま
す。しかし、「テナントが一杯になったら。」そして「順調に
家賃がはいれば。」とい
う、
そもそも基盤が「たら」「れば」の世界からスタートしている
のです。
この設計図を描いたのはいったい誰なのでしょう。
Kさんやお母さんでないのは確かです。Kさんは松山一の秀才中学・高校へ行
き
、落ちこぼれたと言っても慶応へいった人です。が、そういう
ことには全く無頓着
な人です
し、お母さんは80歳に手の届くような年です。
そうです。銀行です。銀行の思惑がKさん親子の思惑と合致した、といえば聞
こえ
がいいですが銀行の商売にもっともらしく乗せられた結果だと
いうことが、今だか
らはっき
りとわかります。
勿論、銀行側も最良の方法で相互利益を生む、というこの計画には微塵の疑い
も持たなかったのは当然の成り行きとして、仕方
のないことだった・・・と思います。
そうこうしてる間にも工事は進み、8件のテナントと二階に庭園付きの豪邸の
完成
が近づきます。
最初にKさんから話を聞いて一年以上が経過しましたが、その間に世間では面
白
くない事象が進んでいました。
平成元年の大納会でダウ平均4万円に迫る史上最高の大天井をつけた株価は
二番天井をつけて下がり続けていましたし、湊町
の地価も2500万、2000万という
価格は聞かなくなってしまったのです。
この頃になって、金融アナリストやマスコミによって「バブル」という言葉が
頻繁に
使われるようになりました。バブルの真っ只中にいる間はバブ
ル状態が全くわか
りません。天井をつけて、下がり始め、乗り遅れた人たちが、
下がったと見るや
買い戻し
ます。これで持ち直したところが二番天井です。
二番天井のあとは三番ですが、決して一番、二番を超えることはありません。
これが「相場」の終焉です。プロの相場師や地上
げ不動産屋はすぐに引き上げ
に掛かります。コ
コからの相場の下落はまさにつるべ落としです。
Kさんのお宝は平成4年の初夏に完成しました。
地上げ屋の活動もめっきりなくなっていたのですが、Kさんの近所には例の
「L
字型大型商業施設」の計画が遅々としてではありますが継続し
ていましたので
、相場はなん
とか1500万くらいで推移していたようです。
しかし、人の欲と思惑は尽きることがありません。
「いつ売ろうか?!」と虎視眈々と狙っていた商店主たちは、1300万に落
ちれば
1500万に戻ったら・・・、1500まで戻ったら、
1800までいったら・・・、と思惑が優
先
しなかなか決断がつきません。
そのうち、1000万という声も出始めて、もう下げ相場は明らかなのです
が、少
しでも高く売ろう、という気持ちが決断の時を与えてくれませ
ん。せめて、1200万
で・・・・
と思っているうち、本業が立ち行かなくなり金融機関に泣き付
く商店主さえ
現れました。
で、肝心のKさん。
案の定、・・・・ テナント・・・がたった一軒しか見つかりません。
この頃の湊町、大街道の寂れようは目を覆うものがあり、創業100年パー
ティ
ーを大々的に催したばかりの老舗呉服店が潰れたりもしまし
た。
Kさんといえば、店舗兼住宅が完成し、信用金庫への返済も始まった筈です
が
、テナント8軒のうち一軒では返済どころか生活が立ち行かな
くなります。
当然、またまた得意のツケが始まってしまいました。
3ヶ月もテナントがそのままの状態では信用金庫も見て見ぬふりはできませ
ん
。とりあえず生活費を追加融資して、テナント料の値下げと今
後の返済計画の
見直しをしまし
た。
当初の計画の見通しの甘さを早くも露呈しましたが、一番の戦犯は当然ながら
Kさんで、現状認識が全く出来ていませんでし
た。
思い切り大きなプレミアムが付いたものは、そのプレミアムが剥がれるときの
大
きさと速度は恐ろしいくらいで、プロでさえ逃げ遅れることが
多い。ということなん
てKさ
んは頭の隅っこにさえなかったのは無理からぬことです。
「逃げろ」「逃げろ」といい続けた私ですが、一向にKさんは神輿を上げない
まま、
それでもテナント料の値下げが功を奏したのか、やっと半分の
テナントが埋まり
ました。
返済額も矮小化出来たのは土地が持つプレミアムのお陰ですが、生活費も当初
計画の半分以下ですからKさんの生活も以前と同
じになりました。散髪も行かず、
髭も伸び
放題、風呂にもろくに入ってないらしく仙人どころかホームレ
スのように
なりました。
生活が荒み、大街道で喧嘩しているのを仲裁したこともありました。警察のお
世
話になり、家まで送って貰ったら、その豪邸に警察官が驚き、
不審がって、家の中
まで入ってきたそ
うです。