第 四 章    競輪と母親の死

    競輪場やパチンコ店で知り合う人は一体どういう人たちなのでしょうか?
    そして、最愛のお母さんが亡くなってしまいます。
    さすがに、飲み歩くとお金がかかりすぎるし、ツケはいやな顔 をされだした
    のでサントリーの角瓶を買って、家で一人で飲むようになりまし た。私の
    ところには相変わらず顔を出して、逐次報告してくれますが、同じ話が多 く
    なってきたようです。
    孤独な一人暮らしのKさんはどうなるのでしょう・・・。


kさんの趣味は競輪で、開催日には競輪に行ってからお母さんの病院へ寄る、
というのがお決まりのコースになっていました。パチンコは思いの他、金がか かる
。競輪
のほうがむしろ安上がりである。というのがKさんの持 論でした。

その頃のKさんは相当に経済が逼迫していたようで、街金にも手を出していま した。
一人で行っても街金でさえ、もうお金を貸してくれないらしく、怪しげな人に 仲介を
頼む
ものですから、必ずトラブル含みとなり、言って行く先が ないので私に愚痴る
 わけで、
正直言ってそれはもう迷惑以外の何者で もありませんでした。

友人、知人、親戚にも借金を重ね、おまけに警察沙汰はしょっちゅうで千舟町 の
交番で
頭に包帯を巻いたまま警察官に食ってかかっているのを 見たときは、「見
な かったことに
しよう!」と足早に駆け去ったのを思い出しま す。

2007年早々に、お母さんが亡くなりました。
”母親が亡くなったら・・・・”と繰り返し、自らの行動の理由にしてい たKさんに、
もう既に
打てる手の内は全く無くなっていました。20億 円もしていたお宝の土地 も
投売りしないと
売れないばかりか、銀行の抵当に入ってい るわけですから手が付
けられま せん。


テナントもダンピングして数軒が本屋の倉庫になってしまっている有様 で、入
居者さえ
不景気で商売が立ち行かず、退去の兆しさえみえ る始末です。

その年の春、Kさんの自宅を、一人の女性と数名の男が訪れていました。
競輪場で知り合った人たちで、皆で協力しあってKさんの窮状をなんとか しよう
という、
云わばお助けプロジェクトチームです。

私は知りませんが、競輪場ではちょいと一杯飲める店があるらしく、レー スの
合間にそこで
Kさんはチビリチビリと寡黙に座っているの が常でした。いつの頃
からか 顔見知りの常連に
声をかけられたりするうち、ついつい自 分の環境や窮状
など話したとこ ろ、
「私の知り合いに、会社の名義を欲しがっているひと がいる。」
とか「女 性だけど、やり手の
不動産エキスパートを知っている。」 とかで、あっと言
う間に餌の臭いに 群がるハイエナの
ようなプロジェクトチームが出来上がっ た
わけです。


元は20億円といわれた土地に、8000万円の豪邸が建つKさんのテナ ント付き
ビルを見た時
プロジェクトのメンバーは涎を止めるのに苦 労したことでしょう。

「Kさん、どうせ、いまの状況なら有限会社は必要ないでしょう。それを現金 で買
い取って
あげましょう。ついては、登記簿や名義も変更せんと いかんし、プロを
連れて ゆくから、実印
だけ用意して楽しみにまっときや。会社の名義 売ってくれ
るだけでええんや。 なに悪いように
はせーへんから。」
と言って近づいてきたそうです。


でっかい玄関に通じる、和室の応接間で紫檀の大きなテーブルの正面に、 やり手
然とした
女性が、その両脇にこれまた眼光鋭い只者ではな い男が座り。後ろには
カ バンに沢山の
書類を用意した若い男が二人も控えてい た・・・といいます。

ここで、ちょっと考えてみてください。
これがですよ。20億円・・・いや10億円・・・いやいや5億円でもい い。
この、ものものしい只者ではない人たちが、Kさんのその土地の”売買契 約”に
絡む人たちで
あったなら、どんなに素晴らしい出来ごと だったのか!と思いませ
んか。


しかし、この、「お人好しKさんタラシコミチーム」は借金だらけなが ら、既に権利
の無い自宅に
住み続けるKさんと、バブルの崩壊によっ て、とりあえずの方策が
つかな い侭呆然としている
信用金庫の隙間に滑り込み、甘い汁を 吸ってやろうと
いう目論見だけのプ ロジェクトなのです。


まず、テーブルのうえに帯封のままの新券200万円が置かれます。
今の、Kさんにとっては、数枚の書類にハンコさえ押せば確実に自分のも のに
出来る喉から
手が出るほど欲しいゲンナマです。

ちょっと、まってくださいよ!

この話を、ココまで聞いたとき、私は怒りに満ちた声でKさんの話を 遮り ました。   

私  「Kさん、あんた何度も何度も私に”どうしようか””どうしたら よかろう”と
    いいながら結局
なにもしないで、ココへきて200万 やて!
    あんたねぇ、20億の金って重さどのくらいや?いやいや、10 億って何Kg
    や?そうや10億で
ザット100Kgの札束やで。一 人では絶対に運べない重
    さや。

    それも、この4〜5年の間に、何度チャンスがあったかわから ん。難し
    い小細工はいらん
かったんや。”売ろう!”と冷静に 決断する十分な
    時間もあっ た。

    それが、200万やて・・・・100Kg、200Kgと目方で 計ってもええようなも
    んが、無理すれば
ズボンのポケットにねじ込めるよう な200万てて・・・・・」

結局は、そういうことなんです。たとえ騙しに遭おうが遭うまいが、 ことの成り行き
と、今現実
に起こっていることは同列線上にあり、20億 円はいま目の前にある
200万円に姿を変えてしま
った・・・ということなんで す。

私は本気で手が震えるほど怒っていました。そして悔しがっていまし た。いいえ
、それ以上に
悲しんでいたのかもしれません。

200万円の札束でKさんは完全に判断力を失いました。
人間って凄いですね。っていうか弱いものですね。20億っていうと「ま だまだ」
とか「ほかによい
方法が・・・」とかいって我慢できるの に、貧したときには200
万円で ボーっとしてしまうんです
から。

書類が次々に出てきます。
「これは、同意書です。はいここにサインしてハンコ下さい。」「これ は、登記変
更書類です。はい
ここね。」「えーと、これが名義変更 で・・・」「そして、これが白紙
 委任状で・・・」と何がなにやら
わからな いまま何枚もハンコを押しました。

Kさんの、テナントはKさんが社長の有限会社が経営していました。そ の有限会社
の名義が変
わり、代表者が変わったわけですから、テナ ントの入居者各位に
「経営者と代表者がKさんから変わりました。つきましては今月分よ り家賃を○○
の口座に振り込むようにしてください。」

と通達があり、驚いた入居者がKさんに問い合わせ、やっとこさ

「やられた!」

と気がついた、といいます。
しかし、優秀なKさんタラシコミプロジェクトチームにも、たったひと つ盲点があっ
たのです。